Reading Aloud.



小学2年生の娘の宿題に、声を出して国語の教科書を読む「本読み(音読)」というのがある。

私は日頃から殆ど自室で仕事三昧なのだが、この子供の本読みタイムだけは、存分に部屋を開放し、存分に本読みをする。これが、なかなか楽しい。



まず子供に、一通り「模範的に」読ませる。そして、その後がお楽しみタイム。

子供が読んだ後、私が何通りも読み聴かせる。



存分に(過剰に)気持ちを込めて、大いに「役」に成り切っての朗読劇。

先生に指名されて、ハイと立ち、教科書を持って、想像を絶する演技で朗読する…という「遊び」…(笑)



私は昔から、物語を声で演じることが好きだった。ゆえに声優(役者)という仕事を尊敬する。

しかし家庭では、過剰なほどの感情表現での朗読劇。

これが不思議と子供の心を掴むらしく、悶絶しながら涙を流して大笑いしてくれる。

実は読んでいる本人も、途轍もなく楽しいのだ。



Reading Aloud.



『本の読み聞かせ』=情操教育、などという優等生な考えを私がするわけもなく、とにかく子供を巻き込んで楽しんだ者の勝ち…。



まだ娘は2年生の教科書なので、絵本のような物語も沢山ある。

それを4年生の息子も巻き込みながら、猛烈なオーバーアクションで演じて読み聴かせる快感。

二人とも、ヒーヒー悶えながら笑ってくれる嬉しさ…。

要は、情操教育というより完全に「おふざけ」なわけだが、これがなんとも気持ちいいストレス解消になるのである。



ターシャ・テューダーが、「子供の頃よく、グウェンおばさんにしか出来ない読み方でリーディング・アラウドしてもらった」…と語っていたが、型に全くはまらずに「その人にしか出来ない読み方」で読み聴かせることが成功した暁には、子供の中に一体何が芽生えるのだろうか…。



人や世間の模倣ではなく、自分流の楽しみ方を知り、それを使い分けられる人は、子供・大人に関係なく「自立した人間」と言える気がする。出来るだけそう在りたい、と私自身も想っている。

規定の物差しからはみ出すことを、決して恐れたり恥ずかしがったりしないこと。

人の個性の違いを認めて、楽しく付き合え!…これが、私の唯一の子育て理念。

ふてぶてしいほど逞しい雑草のように育ってくれれば本望だ。
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