スピリチュアルな誤解

私のWebサイトは、2000年に「Rare's Tarot」という名称でスタートしました。

当時、占い業界で多用されていた「霊感タロット」という表現が苦手で、それに代わる表現として「Spiritual Tarot」という表示を使ったりしましたが、ご存知のように昨今のメディアを始めとしたスピリチュアル流行りの影響から、「Spiritual~スピリチュアル」という単語にも様々なイメージが絡むようになり、この単語にも少々抵抗を感じるようになりました。



私は、「単語」に纏わるイメージ(誤解や偏見)が苦手。



しかし、よく考えてみれば、既に「占い師」という肩書きによる一定の偏見やイメージを持たれる立場にある上で、「スピリチュアル」という単語にちょっと抵抗してみたところで、殆ど意味は無いという…非常に冷めた見解を持つようになりました…(笑)



私が違和感を覚えるのは、スピリチュアルな側が、普通の立場よりも優位にあるようなイメージを植え付けがちな「メディアの影響力」に対してです。

だからその手の番組は全く見ないわけですが…。



霊的なものも含め、「スピリチュアルなもの」というのは何も特別な世界ではなく、言ってみれば「森羅万象」じたいが神秘そのもの。

それらは区別するものではなく、共有しあえる世界のはず。



制作側のメディアと、それを求める側の需要バランスは、永遠に変わらないのかも知れません。



以前、私が原稿を書かせて頂いた番組のプロデューサーとお会いした際には、「“占い”というものを利用させて頂くカタチになりますが、宜しくお願いします…」と恐縮したニュアンスで話されて、逆にこちらが恐縮した記憶があります。



実際のところ、占いも含め、現代のスピリチュアルなもの…というのは、信じる信じないではなく、利用する(共有する)…ぐらいのバランス感覚が双方共に肝要です。



信奉するに値するほどの人格者ならば、その方の発言を仰ぐ…という形も成り立つでしょうが、通常は、対話から発生する「発見」や「気づき」を人生の様々な場面に役立てるのが、占いとの付き合いには望ましいと思います。



私は何事にも、「優劣」などの“区別”を持つことが大嫌いです。

全ては平等に、存在する意味を持っているわけですから。
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