学校の給食

給食について想うこと。
帰宅した子供達が必ず話題にするのが、「今日の給食」。
春雨スープが美味しくておかわりした!だの、ピンクグレープフルーツは少し酸っぱくて残した!だの、何だかんだと楽しげに話している。

いつしか、学校の給食というのは、子供時代の貴重な体験になっている気がする。
皆が同じメニューを共にする、同じ食事を共にする…という行為は、子供の本能を自然に刺激する。
子供の心に優しさや仲間意識を育て、協調性や社会性(マナー)を育む。
色んな個性の子供達が、給食当番を必然的にこなすことで、貴重な関わり合いも生まれる。

そんな子供の給食費を、払えるのに払わない親が沢山いる。

一昨年のこと、当時小3だった息子から聞いた話。
学校の給食が休みのお弁当の日。クラスの子達が、家族に作ってもらった個性豊かな弁当を賑やかに食べている中で、ある女の子だけが、コンビニのお弁当を開けて 黙って俯いて食べていた…と。

その女の子については以前から子供づてに、胸の詰まるような話を何度か聞いていた。
その子にとって、皆が平等に同じメニューを食べられる学校の給食の時間は、何も心配することなく、彼女に平和な気持ちを与えてくれているのだろう・・・
そういう家庭も、現に存在する。
そして、その様な家庭と向き合うことの出来る大人や教師は、どれだけ居るだろうか。

本当の悲しさは、格差が存在することよりも、親の愛情を充分に与えられない子供が曝されてしまうこと。
如何なる理由があれ、給食制度に反論する大人達は、その前に、「不平等の現実、不条理な現場」を、子供の身になって知るべきかも知れない。

涙を流さない子供ほど、深い悲しみを背負っている。
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2 Comments

ゲスト様  

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AUTHOR:t.kazEMAIL:URL:IP:218.230.222.22DATE:01/30/2007 23:28:48 このニュースを聞いて、怒りを覚える以前に驚きを感じた。当たり前に給食を食べ、毎月親から渡してもらった給食費を収めていた少年時代を過ごした私には、当たり前と言う観念を崩されたからだ。私が鈍感だったからと言ってしまえばそれまでだが、このニュースをきっかけに、ちゃんと給食費を払ってくれていた自分の親の存在を思い起こす事になった。 「残すことはもったいない!」と親から教わった自分には、クラスの同級生が「まずいから」と平気で食べ残したりケチをつけている事が不思議だったが、どうやらそれが今回の問題の親達の考え方の縮図になっていたのだろうか? きっと、私の親が教えてくれた「もったいない」には、私の想像以上に深い美徳が有るのだろう。 子供達が、おかしな格差社会を当たり前と思ってしまわない教育再生を望みたい。

1999/11/30 (Tue) 00:00 | EDIT | REPLY |   

ゲスト様  

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AUTHOR:峰レアEMAIL:URL:IP:218.112.89.19DATE:02/01/2007 16:11:22t.kazさま、コメント有難うございます。給食は、同じものを食べることで、様々なマナーも覚える貴重な場のはずで、「美味しい・不味い」を唱える場では無いはずなのに、給食について反論する親からは、ナンセンスな意見も出ているようですね。子供の頃から、皆と同じ行動をする意味でも、給食は協調性や社会性を学べる良い時間だと思うんですよね。栄養のバランスも平等に摂れると、良いこと尽くめだと思うんですが。何でも、少数意見を持つことを美徳だと勘違いしている親がいるとすれば、哀れなことです。

1999/11/30 (Tue) 00:00 | EDIT | REPLY |   

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