Minerea's Blog

タロット占術家 峰レアのリーディングメモ

現代のサバイバル(加筆済み)



最近、独りでこっそり観ていた映画がある。
それは『火垂るの墓』(アニメ映画版)。

10年以上昔、一度だけTV放映で観て以来(あまりに悲惨すぎて)もう二度と観たくないと思っていたにも関わらず。
監督の高畑勲が『あれは反戦映画ではない』と言っているのを最近知り、気が付いたら繰り返して観ていた。
これだけ大きな災害が続く時代に、あの映画を避けるのは現実に背を向けることのような気がして。。

『火垂るの墓』は、戦災の悲惨さを語る中で、何故あの兄妹は助からなかったか、その核心が物凄く社会的な視点で描かれている気がした。 私は、3.11の震災時に生まれて初めて『配給』という自治体の支援を経験した。
所属している町内会の他、2人の子供が当時在籍していた小学校と中学校からの食料配給も受けられ、物資の流通が極限られていた当時はとても助かった。

当時は、子供達だけでも出来る限り普段通りに食べさせなくては…という意識が、どの家庭にもあったと思う。
そこで命綱になったのは、『近所のコミュニティーや学校を通じた情報』だった。

火垂るの墓では、家も両親も失った兄妹が親戚に身を寄せるが、徐々に居心地が悪くなり二人だけで自活を始める。
その健気さには胸が打たれる。

でも。あの非情に見える叔母の元で、何とか折り合いをつける術はあったのかも知れない。
地元の学校や隣組などのコミュニティーと関わり、叔母家族と新たな共同体として生きる決心をすれば、もしかすれば妹・節子の衰弱も防げたかも知れないし、多感な年頃の兄・清太自身は痛烈な世知辛さを感じたとしても、あの環境が結果的には社会勉強になった…かも知れない。

海軍士官の裕福な家庭に育った清太。
その浮世離れした潔癖さに罪は無い。
でも、その潔癖さとプライドが、社会からの孤立に繋がったように思えて仕方なかった。

もしもの時の為に…と母親が銀行に預けていた1000万円以上の預金。
清太はその貯金を切り崩しながら生き延びようとしたが、結果その時の自分が置かれた実社会から遠ざかる方向に向かってしまった。
そこが何度見てもとても遣る瀬無い。

戦乱の時代でも、実社会では人々が懸命に生活を営んでいる。そういう時代ほど、周囲との相互扶助に協力していかなければ徐々に孤立を招き、孤立は悲劇を招きかねない。

戦災や天災は一瞬にして人生を変えてしまう。そんな時こそ、周囲との繋がりは命綱になる。
サバイバルは、ただ生き延びることではなく、社会性を持つことが鍵になる。人と繋がることは、自分の様々な役割や責任を果たす意欲を促す。
その意識を育てるのが大人達の最大の役割にすら感じる今日。

大地震や噴火や大雨被害。これまで経験もしたことのない災害が続く時代。。
この映画は、ただひたすら戦争の悲劇を訴えているだけだと思い込んでいた私にとって、実は今の時代のごく身近にあるテーマが含まれている気がして、今も物凄く考えさせられている。

私は、清太が好きだ。あんな優しい兄に愛された節子は短い生涯でも幸せを感じられたと思う。
その清太は、節子を救えなかった自分を(霊として)見続ける描写で描かれている。
そんな清太の魂を救うには、どうしたらいいのか。
「それでも、節子は清太と生きられて幸せだったよ」と清太に伝えてあげるしかない。

Related Entries

0 Comments

Add your comment