ミシャグチ

とりあえず、私が数年前に体験した強烈な幻視を通じ、縄文のスピリッツ(現在の長野付近)に引き寄せられて以来、読み漁ったものの中で面白かった本の一部をアップ…。

大和岩雄氏の古代史考察は、著者自身が長野出身ということもあり、視点が主観・客観の微妙なバランスが面白い一冊。

最初、ミシャグチは「実を咲く地」と論じた大和氏に惹かれた。

何故なら、私が幻視した光景が「人柱としての神官」と巫女による神降ろしのような神事であり、神は樹木や大地にあったように感じたこと。神官は一代で殉ずる定めにあったことなど、後に調べた大和岩雄や柳田國男の考察にかなり近い光景だった。



しかし、中沢氏の著書「精霊の王」で、信濃ミシャグチ信仰を発見するに至る私の幻視体験と、一見無関係に思える「吉野に視た神性な時空」の間に朧気に感じていたビジョンは完全にクリアに繋がった。

この点は後日少しづつ明かしていくとして…。

ミシャグチと呼ばれる精霊は、この国の深い深い奥底に宿る万物の祖という感は強まった。



こんなことを書いても、「そうそう!そうだよねぇ!」と同感される方は皆無かも知れませんが・・・。




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