続・懐かしい記憶(繋がりと軋轢)

久々に開けてしまった自分の扉。
やっぱり書き足りないし、今日は定休日なので、ちょっと書き足そう。

私の感性の源泉は多分、音楽にある。それも当初は聴く側ではなく演奏者側。
私は5歳の時、元N響メンバーだった先生からピアノの手ほどきを受け、習い始めた。
ピアノを本格的に専攻する目的で仙台の某私立中学を受験して、同時に同学園の大学付属音楽教室を受験してピアノを専攻していた。要するに小学生の頃からピアノの英才教育を歩んでいたような人間・・・。
でも、先に書いたような日本の音楽家の活動をリアルタイムで、しかもかなり熱心に見てしまい、インスパイアされた結果、ロジカルでテクニカルなピアノやソルフェージュ(ドイツ語で)をやるアカデミックなクラスが退屈になってしまい、遂には音楽教室を辞めてしまった。
私の放蕩ぶりに拍車が掛かってしまったのは、その頃から。
ピアノというタガが外れて、何かが弾けてしまった。
複雑なコード進行に関心が移ってしまい、それを充たしてくれるのが坂本さんや細野さん一派だった。加えて、海外への脱出願望が炸裂していたのもこの時期。

物心ついた時には、既に日本の著名なアーティスト達から原体験的なインスパイアを受けて、それが結果的にミュージシャンや音楽関係者との交流が増える引き金になっていたのかも・・・。
6つ上のTaracoさんは、高校時代から個人的に親交のあった仙台のミュージシャン。
いまだに彼のデモテープは何本か持ってる。最近ご無沙汰してるけど、多分元気だろう。
私が占い師になったと知った時も、あまり違和感は感じてなさそうだった・・(笑)

結局、8つ上の主人も元々音楽畑の人。
というより私以上に、音楽産業の世界に近かった人。
あの長崎さんのピーターパンを経て、タワーレコード入社・・という純粋培養の人。
ピーターパンのオーナー・長崎さんは、国内外の著名なミュージシャンから信頼を置かれている、音楽業界きっての知る人ぞ知る重鎮。
主人もスタッフしてた頃は、矢野顕子さんなどもお店に見えていたらしい・・・。

面白いことに、主人は「フリクション」というロックバンドのリーダー・Reckと親交があったんだけど、そのフリクションのメジャーデビューアルバム『軋轢('80)』をプロデュースしたのが坂本龍一さん。最近出版されたフリクションの本を読んで、その辺りの件がとっても面白かった。
Friction「軋轢」

そのフリクションが一昨年から中村達也さん(Blankey Jet Cityのドラマー)と二人だけ(レックはベースとVo.)でライヴ活動を再開し、この春の荒吐ロックフェスで仙台を訪れた際に、Reckがピーターパンに立ち寄ったのだそう。
でも、たまたま定休日で Reckのメモが残されていたという話にはちょっと感動した。
幾年月を経ても、そこに在るピーターパンの存在、とレックの人柄に感動・・。
ピーターパン

実は、「好きなようにしていいよ」との長崎さんのご厚意で、ピーターパンを私のHPとこのblogにリンクさせていただいている。
結婚直後、主人が長崎さんに紹介するからと私をお店に連れていった時、長崎さんは留守でお逢い出来なかった。(でも私のことは、噂で知ってて下さったみたいで・・。また是非ご挨拶に伺います。ペコリ)

それにしても、フリクションの『軋轢』が象徴しているように、夫婦(男女)の間には見えない軋轢があるよなぁ・・・と、先に書いた「糸井重里さんと坂本龍一さんの対談」から覗けるミュージシャンの世界や、男と女や夫婦の肖像を重ねてしまった。
ウチの場合は正に、フリクションと坂本龍一の異種格闘セッションぽい・・。
繋がりと軋轢の絶妙なハーモニーを奏でるのが夫婦(男女)の世界でしょう!?

今回は、坂本さんのマネージャーだった生田朗さんの話を書こうと思っていたら、
全く逸れてしまった・・・。
生田朗さんは、吉田美奈子さんのご主人で、山下達郎や大貫妙子・坂本龍一のマネージャーを務めていた、かなりの敏腕マネージャー兼音楽コーディネーターだった方。
また今度書こう・・・
結局、書き出したら止まらない世界で、スミマセン・・[:あせあせ:]
Related Entries
  • COMMENT:4
  • TRACKBACK:0

4 Comments

R  

No title

わぁ~面白い。どんどん伸び行く枝葉のようなお話ですね~教授 と 糸井さんによる、矢野さんについて話そう!も読みました!本当に面白かったです 教授の 野生時代の話笑えましたね(笑)

2008/07/08 (Tue) 23:46 | EDIT | REPLY |   

ラカンワカラン  

No title

フリクションの『軋轢』は、大失敗です。バンドの魅力の0.1%も再現されてません。この失敗により日本のロックは駄目なほうに行ってしまったぐらいの坂本龍一との出会いは大失敗だった。

2008/07/09 (Wed) 00:34 | EDIT | REPLY |   

峰レア  

No title

>Rさん、
はい。なかなかのインテリ野性児であった模様です(笑)
あの辺りは、あまり深く突っ込むのが怖いくらいです。

>ラカンワカランさん、はじめまして。
この手のご意見が多いことで有名なアルバムでもあるわけですが・・・笑

少なくとも、当時のフリクションを知っており、リアルタイムで聴いていた人間で、
「あれは失敗作」と言う人は、案外少ないのではないかと、わたしは感じています。

アルバムでは、純度100%を出しきれないからこその「軋轢(friction)」であって、
フリクションという音を100%出す目的のアルバムとしてではなく、
おそらくレーベル側の狙いでしょうけど、先々を見据えたような あの組み合わせは、
その時、坂本龍一を通して「記録すべき作品」だったんじゃないかと思います。

決して坂本の名声云々ではなく、80年当時「B2unit」を作っていた坂本龍一を知れば、
「軋轢」への投入は面白いと・・・少なくとも私などは思ってます。
もっと大袈裟に言えば、「軋轢」は歴史的記録だったんだろうと。

真面目に書いてしまいましたが、
アルバムには、往々にしてそういう捉え方もあるので・・・。

貴重なご意見ありがとうございました。

2008/07/09 (Wed) 17:35 | EDIT | REPLY |   

ラカンワカラン  

No title

突然の乱入申し訳ありません。学生時代に、友人にフリクションの『軋轢』を聴かされましたが、あまり感動せずスルーしました。その数年後に野外ライブでのフリクション演奏のnew sensatiionに遭遇しました。素人バンド集合フェスティバルみたいなライブ会場は広大な高原で、聴衆はバンド参加者がほとんどで、30名前後だったでしょうか。その広大な空間を劈くフリクションの音の塊に圧倒されました。それ以来のファンですので、『軋轢』を語る資格はないかもしれません。好みはsecondと live in romaですし。結局ワンマンバンドだと思いますが・・・軋轢はどこにもなく・・・

2008/07/10 (Thu) 00:15 | EDIT | REPLY |   

Post a comment