タロットへの認識

タロットの世界は、(例えばアロマセラピーのような)協会組織やディプロマ制度などがありません。
タロットを扱うには、タロットそのものの知識と共に多方面の教養が有益で、「タロットの知識」を学んだだけでは、それを実践的に有効活用することが可能かどうかは判断できないと言えます。
そういう点では、タロットにディプロマの類が無いのは幸いな気がします。
反面、誰でも気軽に使えるため、タロットほど様々な誤認識を与えるツールは無いのですが。。。

第一に、タロットを「占い鑑定」としてのみ捉えるのはナンセンスです。
タロットの本当の姿は、占いではなく「 智慧 」であり 「 哲学 」です。
人の「 無意識 」を表象化する働きと、それを認識することで未来をより良い方向へ導こうと働きかける「 学びのプロセス 」を持つのが、タロットの最大のメリットです。

タロットの学びは永遠に続き、学び終えるという到達点は存在しません。
ある域まで学んだら、またそこから学びが始まる、それの繰り返し。
大学で学位を取っても、そこがゴールだと見なさないのと同じです。
それほど、タロットには計り知れなく深い世界観があるということです。

あらゆるテーマが投影されるタロットは、古来から人々に受け継がれた智慧の習合のようなもので、しかし決してどの宗教にも属さず、かと言ってカルトや無神論でもない。「 あらゆる定義に属さない中庸の存在 」です。
(だから私自身、自分に合っているような気がしますが)

何にも属さずに真理を求め続けた求道者達によって受け継がれたであろうタロットは、使い手を選ばない代わり、その意義は使い方によって大きく変化します。
つまり、使い方によっては毒にも薬にもなりえるのです。

古来からの宗教は、それぞれの教え(経典)が智慧ですが、タロットはそれらの境地を潜在的に示唆します。
だからこそ、宗教観・宗教史を学ぶことは、タロットの秘める神性(奥行き)を理解することに役立ちます。
「占いの結果を知る目的」の為だけにタロットを覚えようとすることは、無益…とまでは言いませんが、それは「ひらがな五十音(或いは単語)」だけ覚えて、会話の意味を理解しようとしない行為に等しいと言えます。

私がタロット講座を開いている一番の目的は、それらの誤認識を防ぎたい点にあります。
まるでタロット信者のようにタロットを崇め立てる気は毛頭ありませんが、自分のこれまでの経験と本能で知っている限りに於いて、タロットに対する誤解や無理解を解きたいのです。
遥か昔、タロットの原型が求道者たちによって受け継がれたとするならば、タロットは無神論の道具などではなく、
むしろ、「 道を求める者の智慧(魂) 」なのではないかと思っています。

・・・・・・・。
本当は、あまりここまで堅く書きたくないのですが、タロットを学びたい方が急増していることから、私なりのタロット観の大元にある本音を記しておいた方が良いと思いました。
しかし、実際のタロット講座の現場はと言うと・・・とても明るく和やか。
リアルな喩え話や、驚きと笑いに満ちた現場だったりするのです。
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