郷の神社



つい先日、息子のリクエストで、私が生まれ育った町の神社へ行ってきました。

妙な勘のある息子の、この突飛な提案に何かを感じ、初夏の小雨の降る中、小さな小さな神社へ向かいました。見ての通りの郷社。訪れたのは10年振りかも知れません。



私の故郷は、二つの大河川に囲まれる地理条件で、歴史に残るような大水害を何度となく経験してきた町でした。その歴史は、教育テレビの番組にも定期的に取り上げられたほど…。



命に掛け替えの無い「水」が、時には「脅威」であることを、

恐らくどの町よりも深く刻まれている土地だと思います。



そんな過酷な宿命を見守るように、ひっそりと佇む社を見て、

「天の怒り」と「地の慈しみ」は、実は父母のように表裏一体なのだろうと感じました。





この郷に400年以上も住み続けた私の先祖は、この郷社ではなく 山形の出羽三山神社へ詣でることを一族の慣わしとしていたのですが、生家に程近いこの神社は本来は氏神にあたるわけです。



個人的には 2枚目の写真の、お社を守るように聳える木々と中央の光に惹かれます。

きっと、このお社の御霊は、これらの老木に宿っているのかも…と思ったほど、古の輝きを放っていました。



因みに…、この神社の歴代の神主さんと私の生家は、

実は 長きに渡る「飲み仲間」という関係だったのです…(笑)


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