復興の土台

3.11の津波で被災した沿岸部は、復興できている地域と、復興が遅れている地域に開きが出ていると言われている。

この夏、Twitterなどで印象的だったのは、石巻や気仙沼へ訪れるアーティストや文化人の多さ。
殆ど毎週、著名な人々が現地を訪れていたのを知って、少し複雑な気持ちになった。

復興に役立とうと沢山の方々が支援に訪れている。
それは本当にありがたいことだ。

私が心を向けたいのは、支援者を迎える《実際に被災した方々の架け橋になる地元の行政に関わる人々》のこと。
仮に実生活では津波による被災を免れていている方々も、『被災地』に関わる限りは『被災者』として支援者に対応しなければならない。

被災者(復興者)の方々のために支援活動のパイプラインや土台になっている行政サイドや民間団体の方々の、『被災地 窓口役』としてではなく『一人の人間』としての心情を理解したいと、いつも思う。

未曾有の被災による支援の窓口を担う役割は、この先も暫くは続くのだろう。
でも、彼らも一人の人間。
被災地の窓口を離れる休日は、一人の人間としての自由や息抜きがあってもいいはず。
『被災地』で生きねばならない日常から解放されることも、時には必要じゃないかと思う。

私含め、外部の人間が復興…復興…と簡単に言うけれど、その復興の土台を実際に支えている地元の人々が、一個人としての心の安らぎを得られることは、復興の道には絶対に欠かせない。

(そんなことを書いていたら、震度5弱の余震が…!)

この先も暫くの年月、余震が続くと言われている。
自然と闘いながら復興の道は続く。

被災地という『運命』と、一個人としての『人生』が、必ずしもイコールでなければならない…ということはない。
復興を支える人々も、一個人としての人生を尊重しなければ(してもらえなければ)、『復興』に潰されかねない。

土台を支える人々に、心安らぐ時間がありますように。。




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